文明を育んだ要衝としての顔を持つ、”ガザ”
ガザ地区。2023年以降起こり続けている悲劇によって世界中から注目を集めるこの場所は、実は紀元前3,000年以上の歴史をもつ、世界最古級の都市の一つです。
古代エジプトとの交易にはじまり、カナン・ペリシテ人、アッシリア、バビロニア、ペルシア、ヘレニズム、ローマ帝国、ビザンツ帝国、そしてイスラーム初期王朝からオスマン期に至るまで、多様な文化・建築・宗教が重層的に蓄積されてきました。
その考古遺跡の密度はレバント地方でも突出して高く、世界的に見ても歴史価値の非常に大きい地域と言えます。
しかし、2023年以降のイスラエル軍の激しい攻撃により、多くの重要な遺産が破壊されています。これは単なる建築や遺跡の消失ではなく、歴史の断片の喪失に他なりません。
この記事では、ガザの文化遺産的建築や遺跡を取り上げ、それらの歴史的価値を再確認し、破壊や損傷がもたらす影響を考えます。
破壊された宗教施設(モスク・教会)
パレスチナで起こっていることは“宗教戦争”ではありません。
モスクと同じように、教会も破壊されています。
これはある特定の宗教への攻撃ではなく、パレスチナという土地に蓄積されたすべての精神文化の損失なのです。
1.グレート・オマリ・モスク(大オマリ・モスク)

グレート・オマリ・モスクは、ガザ市ダーラジ(Daraj)地区にある、パレスチナで最古級・最大級のモスクの一つで、建築・信仰・地域文化・写本コレクションという複合的価値をもつ遺構です。
ビザンツ時代の教会跡地を含み、イスラーム王朝に属して以降も、改修・拡張を繰り返してきました。
2023年12月にイスラエル軍の爆撃により完全に破壊され、庫裏や古写本のコレクションを蔵する附属書庫も深刻な被害を受けたと報告されています。
この他にも、2023年10月以降のイスラエルの爆撃により、預言者ムハンマドの曽祖父の墓所の上に12世紀に建てられたというサイード・アル・ハーシム・モスク(Sayed al-Hāshim Mosque / مسجد السيد هاشم)や、14世紀に建てられマムルーク期のモスク建築であるゾフォル・ドムリ・モスク(Zofor Domri Mosque / مسجد الظفر دمري)やガザ旧市街の歴史的ランドマークの一つで15世紀に建てられたイブン・ウスマン・モスク(Ibn Uthman Mosque / مسجد ابن عثمان)を含む多くのモスクが損傷を受けました。
今現在もイスラエル軍の攻撃が続く中で正確な数を把握することは困難ですが、ガザ当局によると、2024年の一年間だけで966ヵ所のモスクが破壊され、または損傷を受けたということです。
2.聖ポルフィリオス教会(St. Porphyrius Church)

ガザ旧市街ザイトゥーン(Zaytun)地区にある、世界で3番目に古い(5世紀に完成)現役の教会。
4~5世紀にキリスト教の布教を進めた重要人物とされるポルフィリオス司教の墓所の上に建てられたと伝えられています。
2023年10月19日にイスラエル軍の砲撃を受けて教会敷地内の建物と通路が破壊され、看守家族だけでなく、そこに身を寄せていた450人の避難民も含む合計18人が死亡。2024年7月にも再度の攻撃があったということです。
ガザ宗教基金庁によると、2025年2月時点で、ガザ地区のモスクの79%(約960件前後)、そして3つの教会が破壊された又は損傷を受けたということです。宗教施設は単なる礼拝の場ではなく、文化生活の基盤であり、日常の社会的慣習や共同体のアイデンティティと密接に結びついています。
これらの場所の喪失は、宗教的な連続性だけでなく、共同体を結びつける文化的慣習をも脅かすことになります。
歴史建築(宮殿・邸宅等)

これらは宗教や人種の垣根を超える、人類遺産です。
ガザには、オスマン時代の貴重な商館、邸宅、隊商宿が多く残っていました。
しかし、これらは軍事的価値がないにも関わらず、次々に破壊されています。
3.カスル・アル=バシャ(Pasha’s Palace / Qasr al-Basha)
13世紀のマムルーク時代に築かれた要塞・宮殿。後にオスマン時代の総督邸、さらに植民地時代にこの地域を支配していたイギリスの警察署、そして女子学校の用途を経て、2010年より博物館として利用されていました。
ガザにおける政権変遷・文化層の証として、建築史的・博物館的価値のある建物ですが、2023年12月以降の空爆で大部分が破壊され、収蔵品の損失も報告されています。
1661年建設、マムルーク様式を色濃く残す商人の邸宅でガザ旧市街の代表的歴史建築でもあるアル=サッカ邸(Al-Saqqa House / قصر السقا)も、2023年11月の空爆で全壊したとの報告があります。
4.ハンマーム・アル=サムラ(Hammam al-Samra / الحمّام السامرّا)

かつてガザ市内には38軒の浴場があったうち、占領による資源不足や破壊によってほとんどが姿を消してしまった中で、最後まで稼働していたマムルーク期の伝統浴場。
星型天窓をもつドームや温冷循環室など、レバント地域の公衆浴場文化を伝える貴重な建物で、地域文化に深く根ざした社交・治療の空間として長く親しまれてきました。
2024年1月の空爆でドームが崩落し、内部も深刻に損壊。ガザの生活文化を象徴する施設の機能が失われました。
5.バルクーク城(Barquq Castle / قلعة برقوق)

1387年、マムルーク朝時代のスルタン・バルクークが建てた要塞。エジプトとシリアをつなぐ隊商路の防衛拠点として重要で、関所・宿営地・軍事司令塔として利用されてきました。建物は荒野に屹立する石造の塔と城壁から成り、マムルークの軍事建築独特の剛健な造形が特徴でした。
2023年末〜2024年初頭の空爆で城壁の大半が崩壊し、塔も上層部が破壊されました。遺跡としての保存状態は急速に悪化し、研究者の立ち入りも困難な状況といわれています。
文化・公共施設(博物館・文化センターなど)
文化施設は“軍事目標”ではありません。
市民が教育を受け、歴史を学び、芸術を楽しむ場所。
これらを破壊することは、現在だけでなく、パレスチナの過去と未来をも奪う行為です。
6.アル=カララ文化博物館(Al Qarara Museum / متحف القرارة)

ガザ市カーン・ユニス近郊・アル=カララにあった地域博物館。地元住民が収集した民具・刺繍・陶器など、ガザの生活文化史を伝える3000点以上の展示があり、学校教育や地域文化活動にも活用されていました。
2023年12月の攻撃で建物が瓦礫化し、多くの収蔵品が焼失。地域の“記憶の倉庫”がほぼ消滅しました。
7.ラシャード・アル=シャッワ文化センター(Rashad al-Shawwa Cultural Centre / مركز رشاد الشوا الثقافي)

旧市街にあるガザ最大級の文化複合施設。図書館・劇場・展示スペースなどを備え、コンサート、学会、展示などの拠点として1990年代から地域文化を支え、知識人の集う象徴的な場でした。
2023年11月の空爆でホールが崩壊し、外壁も大破。
文化センターとしての機能は完全に停止し、図書・アーカイブ資料にも被害が及んでいます。
まとめ
ガザ地区において二年以上も続く激しい破壊と侵略。
それは、人々の命や暮らしを奪うだけではなく、数千年にわたって人々がこの場所で築き、受け継いできた歴史の断絶を意味します。記事で扱ったのはほんの一部分であり、パレスチナ観光・考古省によると、2023年10月~現在までの間に316ヵ所あるガザ地区の文化遺産のうち226ヵ所、つまり全体の72%が全壊~軽度の何らかの被害を受けている状況です。
破壊された文化遺産は、修復はできても完全に元通りに戻すことは困難です。
せめて、その存在について、辿ってきた歴史と破壊された事実とを合わせて認知し、広く伝え続けてゆくこと。
それが、更なる破壊を阻止する国際的な抑止力を高め、そして破壊行為により人々が被害を被っている陰でひっそりと“奪われつつある歴史の記憶”をそのままに未来へと受け継ぐことにも繋がります。

