はじめに
「どうして爆撃の最中に子どもを産むの?」
「避妊すればいいのに」
「こんな状況で子どもを産むのは無責任ではないか」
ガザからの報道に接した支援者や関心を持つ人々が、周囲からこうした問いを投げかけられる——あるいは自分自身の中にそうした疑問が湧き上がる——という話を、よく耳にします。
この問いは、一見すると「合理的」に聞こえるかもしれません。しかし少し掘り下げて考えてみると、この問いの前提そのものに、私たちが当たり前だと思っている価値観——子どもを産むかどうかは、経済的・環境的な条件を踏まえて個人がコストとベネフィットを計算して決めるもの——が潜んでいることに気づきます。
今回の記事では、ガザの女性たちがなぜ戦時下でも子どもを産むのか、その背景を三つの層から見ていきたいと思います。前回公開した「なぜパレスチナの人たちは逃げないの?」の姉妹記事として、前回と重なる部分は簡潔に参照しつつ、今回は「生まれること」「生み続けること」の意味に焦点を当てます。
- ガザでは避妊薬や安全な出産のための医療アクセスが極度に制限されており、「産まない」という選択肢を持つこと自体が困難な現実がある
- ナクバ以来、「存在し続けること」がパレスチナの人々にとって抵抗の一形態として意味を持ってきた背景
- イスラームの生命観では、子どもは神からの恵み(リズク)であり、養育の責任は最終的に神にある、という考え方がある
- ただし「産むことこそ抵抗」という単純化は、パレスチナの女性自身の声によっても批判されている。ここには繊細な論点がある
第1章 そもそも「選べない」——避妊と安全な出産へのアクセス
「避妊すればよかったのでは」という問いに答えるためには、まずガザで避妊や家族計画にアクセスすること自体がどれほど困難かを知る必要があります。
封鎖下のガザでは、2023年10月以降、人道支援物資の搬入が極度に制限され、医薬品全般が深刻な不足に陥りました。その中には当然、避妊薬や避妊具も含まれます。国際家族計画連盟(IPPF)は、2023年11月の段階で「ガザでは避妊薬が極度に不足しており、女性たちが一錠のピルを分け合っている」と報告しています。IUD(子宮内避妊具)を装着している女性は、適切なケアが受けられず出血や感染症を起こしている、とも。
もともと、封鎖以前からガザでは家族計画サービスに慢性的な問題がありました。2023年にUNFPA(国連人口基金)が実施した調査によれば、パレスチナでは予算不足により政府の基礎医薬品リストに含まれる避妊薬でさえ品切れが頻発し、女性たちの選択肢は限られていました。そこに封鎖強化と戦争が重なり、状況は壊滅的になりました。
では「産む」側はどうでしょうか。こちらはさらに深刻です。
ガザでは開戦以来、女性たちは麻酔も消毒もない状態で帝王切開を受けてきました。国際NGOアクションエイドは戦争初期の段階から、こうした証言を複数収集しています。国際救援委員会(IRC)も2024年4月の報告で、麻酔なしの帝王切開を強いられた女性の事例を確認済みとしました。
母子の死亡リスクも跳ね上がっています。国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は、2024年後半の時点でガザの女性の妊産婦死亡率・流産率がいずれも戦前の3倍に達したと報告しています。新生児の死亡も増加しています。病院そのものが標的となり、2023年12月にはガザ最大の不妊治療クリニックが攻撃を受け、4,000以上の胚と1,000以上の精子・卵子のサンプルが失われました。
セーブ・ザ・チルドレンが2024年7月に報告したように、一部の女性たちは赤ちゃんを守ろうとして自分で陣痛を誘発するという極端な手段にまで追い込まれました。病院が安全でないなら、少なくとも家で産めるよう時期をコントロールしたい——そんな必死の判断です。
つまり、「避妊すればよかったのに」という問いは、避妊薬が手に入る前提、出産を選ぶかどうかを落ち着いて考えられる前提、安全な医療施設にアクセスできる前提——これらの前提がすべて成り立っている社会を生きる人間の問いです。ガザの女性たちはそのどれもが与えられていません。そしてもう一点、大事なことがあります。ガザ全体で戦争が始まった2023年10月時点で、UNFPAはすでに約50,000人の女性が妊娠中だったと推定していました。戦争は突然始まりました。その時点で妊娠していた女性たちは、戦争を予見していたわけではありません。彼女たちにとって「産まない」という選択は、物理的にすでに不可能だったのです。
「ではセックスをやめればいいのでは」という問いについて
ここまでの話を聞いて、こう続ける人がいます——「避妊できないのなら、性交そのものを控えればいいのでは」と。
この問いには、少し丁寧に向き合う必要があります。
第一に、これはおそらく、戦時下にある人々の関係性をかなり狭く想像したうえでの問いです。爆撃と封鎖と飢餓のただ中で、夫婦やパートナーがお互いに触れ合うこと、抱き合うこと、性的に親密になること——これらは「贅沢」でも「自制すべき逸脱」でもなく、人が人として生き延びるためのほとんど最後に残った領域です。家を破壊され、家族を失い、明日を予測できない状況のなか、自分を確かに愛する誰かと身体ごと触れ合えるという経験は、しばしば「自分はまだ生きている、まだ人間である」という感覚を取り戻す唯一の通路でもあります。これを「不謹慎」「無責任」と切り捨てる視線は、戦争を体験したことのない側にこそ起きやすい感受性のずれです。
第二に、より構造的な問題があります。戦時下のパレスチナ人に「セックスをやめろ」と外部から要求すること自体が、実は一種の生政治(バイオポリティクス)——支配する側が、支配される側の身体・性・生殖を管理しようとする権力作用——を反復することになりかねません。先述したMERIPの論考でも、占領下の身体と再生産は常にこの政治の対象とされてきたことが指摘されています。「お前たちは性的に自制すべきだ」という言葉が、相手の人格や尊厳の領域に立ち入って何かを命じている、ということに、私たちはもう少し敏感であってよいはずです。
第三に、イスラームの倫理という視点もあります。クルアーンとハディース(預言者ムハンマドの言行録)の伝統において、夫婦間の性的な親密性は「合法的な喜び」であり、忌避されるべきものではなく、むしろ積極的に肯定されてきました。また、避妊そのものはイスラーム法学のなかで条件付きで許容されてきた歴史的な議論があり(古典期からの「アズル=膣外射精」をめぐる議論など)、現代の主流派ムスリム学者の多くも、医学的・経済的・状況的な必要に応じた避妊を認めています。つまり、ガザの女性たちが避妊できていないのは、信仰上の禁忌のためではなく、避妊薬・避妊具そのものが封鎖の下で物理的に手に入らないからです。
「セックスをやめればいい」という問いは、この三つの層——戦時下における親密性の意味、外部からの性管理の暴力性、信仰的・実践的に避妊が認められている現実——を一気に省略して、生殖の責任をパレスチナ人だけに押しつける効果を持ちます。だからこの問いには、「やめないし、やめる必要もない」と答える方がむしろ誠実です。
第2章 「生み続ける」ことの政治的意味——スムードと人口動態
第1章で見たのは、「産みたくなくても産む状況がある」という現実です。しかしそれだけで話は終わりません。逆に、困難な状況のなかで「それでも産むことを選ぶ」パレスチナ人たちの声もまた、確かに存在します。
前回の記事で詳しく紹介したスムード(صمود、「留まり続けるという意志」)の概念は、「産む」という行為とも深く結びついてきました。
ナクバ以来の「存在し続ける」という営み
1948年のナクバで、パレスチナ人は人口の半分以上にあたる70万人以上が故郷を追われました。531のパレスチナの村や町が破壊され、土地の約78%を失いました。この経験がパレスチナの人々に刻んだのは、「数の上でも、存在の上でも、消されないように留まり続けなければならない」という切実な認識でした。
パレスチナ問題百科事典palquestは、ナクバ後のパレスチナ人の高い出生率について、「組織化された産児奨励政策の結果ではなく、『この土地に踏みとどまるためには数が必要だ』という集団的な無意識の表れだった」と説明しています。1960〜65年頃には、イスラエル国内のパレスチナ人女性1人あたりの出生率は8.1人に達していました。これは当時世界でも最も高い水準の一つです。
この「数による抵抗」は、一方的にロマンチックに語れるものではありません。PLO(パレスチナ解放機構)が1970〜80年代にスムードを国民的シンボルとして掲げたとき、その中には「デモグラフィック闘争」のために女性たちの再生産能力を動員するという側面もあり、パレスチナ内部からも「女性を再生産の道具として扱っている」という批判が寄せられました(この点は後ほど触れます)。
「リプロダクティブ・ジェノサイド」への応答
一方で、現在のガザの状況は、「産むこと」の意味を再びせり上がらせています。
米国を拠点とする中東研究評論誌MERIPに掲載された、ガザ出身の女性の権利活動家ハーラ・シューマーン氏の論考「Israel’s War on Reproduction in Gaza」は、イスラエルによるガザの再生産能力への攻撃を「リプロサイド(reprocide)」——ある集団の再生産そのものを標的とする組織的な暴力——として分析しています。シューマーン氏が挙げる事例は痛ましいものです。ある父親は2024年、空爆で6人の子どもを失った直後、カメラの前でこう語りました——「彼らは私たちの子どもたちを殺す、私たちが生き残らないように。だから私たちは、絶滅させられないために、また子どもを産む」。
医師を訪ねてきた男性の言葉も引用されています——「殺される前に、一人子どもが欲しい」。
こうした応答を、シューマーン氏は「アッ=スムード・ムカーワマ(الصمود مقاومة)」——直訳すれば「踏みとどまることは抵抗(である)」というアラビア語のスローガンでまとめています。英語圏では “existence is resistance” と意訳されることが多いフレーズですが、原語の “صمود(スムード)” は前回の記事で扱った概念そのもの、”مقاومة(ムカーワマ)” は「抵抗」を意味します。踏みとどまること、それ自体が抵抗なのだ——その含みを失わないように、ここでは直訳に近い形で記しておきます。ガザのナセル医療複合施設の報道官ムハンマド・サクル医師は2024年8月、国際社会に向けた声明の中で「緊急治療部門で医療物資が枯渇するなか、私たちは今、パレスチナの血脈をガザに保つために、子どもと女性を救うことに集中している」と述べました。
スムードがすでにそうであるように、これは軍事的な武装抵抗を意味するものではありません。呼吸し続けること、食べ続けること、子を養い続けること、つまり「生き続けること」そのものを抵抗の行為と見なす、という視点です。
赤ちゃんの名前に託される意志
これが最も象徴的に現れるのが、生まれた赤ちゃんの名付けです。
オンライン誌The New Arabの2024年の取材は、エジプト国境近くのテントで生まれた女の子「サマー(سماء=空)」の話を伝えています。お父さんのサーメルさんは、当初は「アーイシャ(生きる人)」や「アーヤ(奇跡/しるし)」と名付けるつもりでした。しかし避難中に病院に逃げ込む途上で、周りのすべてが破壊され、希望の見えるものが何一つなかったそのとき、ふと空を見上げると澄んだ青が広がっていました。
「爆撃と殺戮と血のただ中で、唯一澄んでいて、穢れていないものが空だった。だから娘にサマーと名付けた」
サーメルさんはこう語っています。同じ取材によれば、ガザでは自分の子どもにそのまま「ガザ」と名付ける親も多いといいます。ガザ市で最も苛烈な虐殺を経験した人々だけでなく、1948年の境界線内から逃れてきた家族の子孫もまた、その名を選んでいます。
別の父親は、殉教した自分の父にちなんで息子に「アティーヤ(عطية=贈り物、恵み)」と名付けました。
The New Arabは、こうした命名の流れには大きく二つの系統があると整理しています。一つは「闘争」「自由」「解放」など政治的な意志を直接表現する伝統的な系統(パレスチナでは古くから「ニダール=闘争」「フッリーヤ=自由」「タハリール=解放」といった名前が選ばれてきました)。もう一つが、「サマー(空)」「アティーヤ(恵み)」のように、戦時下のなかで詩的に・希望をこめて選ばれる系統です。どちらにも共通しているのは、名付けは未来への信頼の表明であり、「奪われた誰か」の記憶を生き延びさせる営みでもあるということです。「ガザ」と名付けられた子は、どこへ行ってもガザを連れて生きる。「アティーヤ」と名付けられた子は、殉教した祖父の存在を毎日呼び返される。生まれてくる子の名前は、未来に向けた小さな宣言であり、過去から託されたものでもあるのです。
第3章 信仰から見る「産む」ということ——リズクとアマーナ
ここまで見てきた「選択肢が奪われている現実」と「存在し続けるという意志」——その両方の奥底に流れているのが、第1・第2章で描ききれない、生命についての信仰的な世界観です。
子どもは「リズク(رزق)」——神からの恵み
前回の記事では、イスラームにおいて命は神からの信託(アマーナ=أمانة)であり、自ら命を絶つことは固く禁じられていることを紹介しました。この「命=神からの預かりもの」という世界観は、出産の文脈ではもう一つ別の形で現れます。それがリズク(رزق)という概念です。
リズクは直訳すると「糧」「恵み」「扶養」。クルアーンに123回登場するとされる重要な語で、食べ物や富だけでなく、健康、家族、知識、そして子どもそのものもリズクに含まれると解釈されます。
そしてクルアーンには、こんな章句があります。
「貧しさを恐れて自分の子を殺してはならない。われら(神)が彼らとあなたがたを養う。彼らを殺すことは、実に重大な過ちである」(第17章31節)
この章句は古代アラビアで行われていた嬰児殺しを禁ずる文脈で啓示されたものですが、「お前たちが子どもを養うのではない。神が子どもとお前たちの両方を養うのだ」という核の思想は、今日まで受け継がれています。タフスィール(クルアーン注釈)の伝統でも強調されているのは、「子の扶養を先に述べ、親の扶養を後に置く」という語順の深い意味です——神はまず子どものリズクを保証している、と。
これは、日本の読者にはやや馴染みにくい感覚かもしれません。「養える見通しが立ってから子どもを持つ」というのが、日本社会では当然の「責任ある態度」とされているからです。しかしイスラームの世界観では、子どもの養育を自分の経済力だけで保証できると考えること自体が、ある種の傲慢さとされます。最終的に子どもを養うのは神であり、人間はそのための手段・努力を尽くす立場にすぎない。
この発想は、戦時下のような「将来がまったく見通せない状況」で子どもを産むことへの抵抗感を、根本から軟らかくします。将来の見通しが立たないのは、平時でも同じことだ、という感覚があるからです。人間が見通せる範囲なんてもともとたかが知れていて、それを超えたところで子どもを支えるのは神である、と。
「神の計り」と人間の試練
前回の記事で紹介した試練(イブティラー=ابتلاء)と忍耐(サブル=صبر)の感覚も、ここで重要です。
戦時下の出産は、明らかに過酷な試練です。しかしその試練を、「信仰を深める機会」「神の近くに立つための通り道」として捉える視点が、信仰者の間では生きています。国連が公開したガザの母親アラーさんの手紙には、こんな一節があります——「ロケットと爆弾の音は私の喜びよりも大きかった。でも私は、この小さな赤ちゃんと一緒に、どんな困難も乗り越えようと決めた」。
これは単なる楽観ではなく、試練のただ中でなお「生きる意志」を確認するという、信仰に根ざした姿勢です。
パレスチナのクリスチャンたち——希望としての出産
ところで、前回触れたように、パレスチナにはキリスト教徒のコミュニティも存在し、独自の解放の神学を発展させてきました。2025年11月に発表されたカイロス・パレスチナ第二文書「ジェノサイドの時代における信仰」は、今の状況に対する新たな神学的応答を提示しています。
その中にこんな一節があります。
「希望は降伏ではない。希望は、生きた抵抗の行為である——押しつけられた死の現実を揺るがず拒み、あらゆる不正義と占領に立ち向かい、抗うこと」
そして、同じ文書は「信仰と希望に留まり続けること自体が抵抗である。祈ることは抵抗である。聖なる場を守ることは抵抗である」と明言します。
パレスチナのクリスチャンにとって、ローマ帝国の占領下で十字架にかけられたイエスの「復活」は、希望の神学の中心にあります。死は終わりではなく、新しい生の始まりでもある——そう信じる世界観のなかで、戦時下の出産はまさにこの「復活の希望」の具現化として理解されうるのです。
ムスリムにとっての「リズク」、クリスチャンにとっての「希望」——言葉は異なりますが、どちらも「人間の合理計算を超えたところで、生は肯定されている」という確信に立っています。
第4章 「産むこと=抵抗」という語りへの、パレスチナ人自身からの問い直し
しかし、ここで記事を締めくくる前に、どうしても触れておきたい論点があります。
「パレスチナの女性は戦時下でも英雄的に産み続けている」「出産こそが最大の抵抗だ」——こうした語り方は、実はパレスチナ人自身から批判されています。
前章でも引用したハーラ・シューマーン氏は、先ほどのMERIPの記事の別の箇所、および「ガザにおけるリプロサイド」と題した論考で、こう書いています。
「私は2024年8月、ガザの新婚カップルに対し、可能であれば妊娠を遅らせるよう呼びかける投稿をした。生を信じていないからではなく、私が目撃していた耐え難い苦しみから女性たちを守りたかったからだ。ジェノサイドの論理をなぞってしまうことを恐れたが、同時に、こうした状況下で再生産しないことを選ぶことも、抵抗と生存の行為でありうると知っていた」
この発言は非常に重要です。シューマーン氏は、「産むこと」だけを抵抗とし、「産まないこと」を敗北とみなす単純な二項対立を明確に拒否しています。そして、戦時下で子どもを持たない選択も、それ自体が女性の主体的な判断であり、尊重されるべきだと述べているのです。
パレスチナの女性たちの中には、今まさに妊娠・出産を経験している人がいます。一方で、再生産を控えることを選ぶ人もいます。避妊したいのにできない人、子を産みたいのに流産してしまった人、たくさんの子を失った後にもう一度産むことを選ぶ人、そしてもう一度産むことはできないと感じる人——その一人ひとりの選択と痛みは、どれも固有のものであり、外から「あなたの選択は抵抗だ/敗北だ」と意味づけることは、かえって女性たちの主体性を侵食してしまいます。
この点は、前章で触れたPLO時代のスムード批判とも通じます。「女性の子宮をパレスチナの武器にする」という言説(アラファート議長の発言として記録されています)は、女性たちの体を国民再生産の道具として扱うという点で、パレスチナの女性たち自身から繰り返し問い直されてきました。
ですから、「なぜ戦時下でも産むのか」という問いに答えるうえで最も誠実な態度は、「パレスチナの女性たちはみな産みたがっている」と単純化することではなく、それぞれの女性がそれぞれの状況で行なっている判断を、一つひとつ丁寧に聞き取ることです。支援者である私たちにできる最小限のことは、その多様性を矮小化しないことかもしれません。
おわりに——問いを組み替える
「なぜ爆撃の中で子どもを産むのか」——この記事の冒頭で掲げた問いに、たった一つの答えはありません。そして一つの答えを求めること自体が、すでにある種の暴力を含んでいるかもしれません。
しかし、この記事を通じて一つだけ見えてきたことがあります。それは、「子どもを産むかどうかは、個人が経済合理性で決める私的な選択である」という私たちに馴染んだ前提が、世界のあらゆる場所で同じように共有されているわけではない、ということです。
ガザの女性たちは、まず「産まない」という選択肢を物理的に奪われている状況にあります。その上で、一部の女性はナクバ以来の「存在し続けること」という集団的な営みのなかに自分の出産を位置づけます。さらにその奥には、子どもを神からの恵み(リズク)として受け取り、最終的な扶養は自分たちの経済力ではなく神に委ねるというイスラームの信仰、そして苦難のただ中でなお生を肯定するキリスト教の希望の神学があります。
そしてこれらすべての上に、「産む/産まない」という個々の女性の主体的な判断を尊重すべきだという、当事者からの声があります。
前回の記事で触れた「逃げない」という選択と、今回の「産む」という選択は、どちらもパレスチナの人々が日々の営みの中で選び取っているスムードの表れです。爆撃のなか、ラマダーンの飾りをつけるのと同じように。破壊されたモスクの跡地で礼拝の列を作るのと同じように。焼かれたオリーブの隣に苗木を植えるのと同じように。
それは、私たちの合理性の尺度からすれば理解しがたく見えるかもしれません。しかしその尺度こそが、自分たちの生存を他者に交渉する必要のない立場から作られた尺度だ、ということも覚えておく価値があります。
「どうしてこんな状況で産むのか」と問われたら、こう答えられるかもしれません——「産まない選択肢を持っているあなたの世界と、その選択肢を奪われ、それでもなお『存在し続ける』ことを選ぶ世界は、別の文法で動いている。その文法の違いに出会うことが、パレスチナを理解する第一歩なのだ」と。
参考情報
- 国連人道問題調整事務所(OCHA)「ガザの母親たちの危機」報告書
- IPPF「ガザの避難所における性と生殖に関する健康物資の深刻な不足」(2023年10月)
- UNFPA「パレスチナにおける避妊法の現状」調査報告(2023年5月)
- 国連ニュース「ガザの母子保健システムは壊滅」(OHCHR報告、2025年12月)
- 国際救援委員会(IRC)「ガザの妊婦と母親たちは生存のために闘っている」(2024年4月)
- MERIP「イスラエルのガザにおける再生産に対する戦争」ハーラ・シューマーン著
- パレスチナ問題百科事典palquest「パレスチナ問題と人口動態 II」
- パレスチナ問題百科事典palquest「Sumud(スムード)」
- カイロス・パレスチナ第二文書(2025年)「ジェノサイドの時代における信仰」
- UNFPA「ガザの母親の手紙——苦難と悲嘆、そして希望」(2024年10月)
- The New Arab「ガザ、希望の名を赤ちゃんに」(2024年)
- クルアーン(コーラン)の章句は意味の要約として記載しています


